間違ってる?神風(kamikaze)の由来は?:ありえるぷらねっと
気の向くままにテレビ・ニュース・競馬・人気の話題などをちょこっと書いてるブログです。

2020/0112345678910111213141516171819202122232425262728292020/03

  • 関連単語タグ神風 kamikaze
  • 神風特攻隊の「神風」の語源が、フビライ=ハーンが日本に攻めて来たとき(文栄の役、弘安の役)、暴風雨で助かったという、あの暴風雨から来ているというのは本当ですか? 間違いですか?

    「文永・弘安の役」での暴風雨によって元軍の船は水平線上から消え失せてしまった。「神風」の由来はこの元寇時の暴風雨によるものです。

    また日本に「神風神話」が根付くようになったのはこの時からです。それ以来、日本人は国難を迎えるたびに、神国思想に基づく「神風」を待望、「神風」が吹くことによって外敵を退散してくれると信じるようになりました。戦前の小学校歴史教科書である「尋常小学国史」で、弘安の役における元軍の撤退を「神風が艦隊を壊滅させるため」という記述が登場し、「神国日本」のイメージを形成するのに一役買っています。

    ただ、弘安の役は台風シーズン(弘安4年閏7月1日)であり、暴風雨に襲われて元軍は甚大な被害を受けたものの、文永の役は神風(暴風雨)は吹いた(高麗史、東国通観などの記録)、いや吹かなかった(八幡愚童訓、元史などの記述)という論争がなされていますが、元軍の艦隊がすべてが被害を受けるものではなかった、もしくは元軍の撤退途中に大風に遭遇したのではないかとされています。「尋常小学国史」で神風が吹いたのは弘安の役だけで、文永の役でも暴風が吹いて元軍を駆逐したとするのは、戦後の教科書「くにのあゆみ」です。
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1252084612



    「神風」は、鎌倉時代の蒙古襲来の際、夜半に吹いて敵を全滅させた故事から来ています。
    このとき神仏関係者が、「怨敵退散を天に念じたから風が吹いた」と主張し、幕府に恩賞を求めました。それで「神風」というのです。
    以来、日本を守るための、天佑神助のことを「神風」というようになったのです。

    太平洋戦争中、特攻隊を出す頃は相当追い詰められており、「神風」となって日本を救えという意味でそう名づけられたのです。

    日本はイザナギ・イザナミの二人に神が創った国。
    「神の国」だから、神風が吹くというわけです。現人神である天皇は、神国だからいるのであって、国自体が神の国という意味なのです。
    天皇を助けるというような、狭い意味とは、ちょっと違います。
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1135356076



    関連記事
    このエントリーをはてなブックマークに追加

    スポンサーリンク


    コメント
    この記事へのコメント
    コメントを投稿する
    URL:
    Comment:
    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可する