【1977年】人の命は地球より重い・・・ダッカ日航機ハイジャック事件にて:ありえるぷらねっと
気の向くままにテレビ・ニュース・競馬・人気の話題などをちょこっと書いてるブログです。

2020/0112345678910111213141516171819202122232425262728292020/03

福田赳夫内閣総理大臣の言葉「人の命は地球より重い」、当時のレートで身代金16億円にも・・・

1977年9月のダッカ日航機ハイジャック事件を最後として、
過激派組織による日本航空機に対するハイジャック事件は発生していない。
また、過激派組織による犯行以外にも、計画性に乏しい行き当たりばったりの犯行に至ったものもあった。

現在・・・ダッカ日航機ハイジャック事件にて釈放要求された9人はその後どうなっている?【1977年・日本赤軍】
ダッカハイジャック事件、ガブリエル氏、クーデター、対日本赤軍・・・解放の順番メモ



▼ダッカ日航機ハイジャック事件
1977年9月28日、フランスのパリ発南回り東京(羽田)行きの日本航空472便
(ダグラスDC-8-62型、JA8033、乗員14名、乗客137名)が、経由地のインドのボンベイ国際空港を離陸直後、
拳銃や手榴弾等で武装した日本赤軍グループ5名によりハイジャックされた。

その後同機はバングラデシュのダッカ国際空港に強行着陸し、犯人グループは人質の身代金として600万ドルと、
日本で服役および勾留中の日本赤軍メンバー及び日本赤軍に加えようと目をつけた囚人9名の釈放を要求した。

これに対して福田赳夫内閣総理大臣が「人命は地球より重い」(人の命は地球より重い)と述べて、身代金の支払いおよび、超法規的措置としてメンバーなどの引き渡しを決断。
身代金と、釈放に応じたメンバーなど6名(3名は拒否)を特別機でダッカへ輸送し人質は全員解放された。


▼超法規的措置
釈放要求された9人のうち、植垣は「日本に残って連合赤軍問題を考えなければならない」、知念は「一切の沖縄解放の闘いは沖縄を拠点に沖縄人自身が闘うべきものであり、日本赤軍とは政治的、思想的な一致点がない」、大村は「政治革命を目指す赤軍とはイデオロギーが異なる」と3人が釈放および日本赤軍への参加を拒否した。

日本政府は議論の過程で釈放要求リストに載っていた獄中者組合2人については「思想犯ではなく刑事犯」である理由から2人の釈放拒否の方針を持ってハイジャック犯と交渉した。
しかし、ハイジャック犯は拒否し、日本政府が折れ2人も釈放対象となった。

日本政府は同日朝に、運輸政務次官の石井一を派遣団長とし、日本航空の朝田静夫社長ら同社の役員や運輸省幹部を中心としたハイジャック対策の政府特使と、身代金と釈放に応じたメンバーなど6人を日本航空特別機(ダグラスDC-8-62型 JA8031)でダッカへ輸送した。

日本政府が過激派による獄中メンバーの釈放要求に応じたのは1975年のクアラルンプール事件以来2回目となった。
なお、検事総長の神谷尚男と法務大臣の福田一は、この様な「超法規的措置」の施行に対して強硬に反発した。福田一は施行が決定された後に「引責辞任」した。



▼飛行機はどうなった?
ハイジャックされたDC-8-62型機(JA8033)はその後日本国内へ戻され、
ハイジャック犯人による爆弾の爆発実験により一部が破損した機内トイレの修繕や、
機内清掃などが施された後に通常運航へと戻され、
1984年まで日本航空で使用された後にメキシコのアエロメヒコ航空へと売却され、1990年代前半まで運行された。

参考:ウィキペディアより
【こじつけ?】ラッスンゴレライ→落寸号令雷・・・広島原爆→8月6日→8.6秒バズーカー

【画像あり】炎の体育会TVに出演した青山学院女子陸上部の筋肉が凄い【美女】
天使・・・橋本環奈のツインテールが可愛い!【vs嵐画像】
関連記事
このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサーリンク


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する